それぞれの人にとっての自立

介護コラム

谷口 泰司 氏

関西福祉大学社会福祉学部 教授

この仕事をしていて、今でも思い出す方がお二人おられます。最後に、この方々を紹介して、「介護・福祉の質とは何か」を皆さんと考える契機としたいと思います。

お一人目は、ごく普通の高齢者です。約20年前ですが、デイサービスの職員から相談があり出かけてみると、多くの利用者が機能訓練等に参加する中、その方は将棋を指し続けていました。職員の支援には目もくれません。
理由を聞くと
「訓練をしないと動かなくなっていくことはわかっとる!けど、訓練して動いたところで150歳まで元気でいられるのか。ワシはいま、唯一動く手と頭を使って将棋を指す、それがワシじゃ!」
と答えられました。最期まで自分らしくありたいと語っておられるようでした。

もうお一人は、MH先生という、私が師匠と仰ぐ方です。先生は障害児療育の第一人者であるとともに、脳性小児まひにより、片足に障害があります。そして、ご自身の意思で「足を捨てた」と語っておられました。
先生は中学まではリハビリを続け、杖を使って歩いていましたが、高校進学時、貯金で車いすを買われたそうです。「車いすを使えば一気に足が動かなくなる。」と嘆かれるご両親に対し、先生は「足が動かないことがなんぼのもの?」と言われたそうです。先生曰く、「高校では格段に行動範囲が広がる。杖歩行では皆と同じ経験ができない。であれば、車いすを押してもらい、皆と同じ経験をすることが今の自分にとって大事」と考えられたそうです。

お二人に共通する自立観と、現在の介護保険における自立観(いわゆる身辺自立)を比べたとき、後者がいかに狭く偏ったものであることがわかります。
より以上には、「自立」とはそれぞれの心の内にあるものであり、専門職が答えを持つべきではないことがわかります。

質の高い介護・福祉とは、つまるところ、どれだけ相手の意思・人生観を尊重できるかにかかっていると言えるのではないでしょうか。

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