『なんで泣いちゃいけないの』

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介護コラム

溝呂木 大介 氏

(株)喜咲 代表取締役

一般的に利用者や患者の死に対して、泣くことを否定されてきたスタッフが多いようである。
介護の世界には原則があり、しかしそこに囚われることで、本質がみえなくなってしまっていることがないだろうか。

「死ぬ前にひたちなかの海をもう一度みたいな」

90歳の男性利用者の言葉である。食欲も落ち、主治医からは1か月もつかどうかと言われ始めたころに、初めて我々通所スタッフに海を見たいと欲求をぶつけてくれたのである。
我々は主治医にその欲求を、無理を承知で伝えてみた。
「先生が一緒に行って下さるなら、お連れしたい」と。

主治医は困惑しながらも利用者の思いを汲んで、こう提案してくれた。
「体力的に茨城はむりだけど、湘南ならどうかな」
結局、この利用者は計画数日前に自宅にて、私の施設の職員が下見に行って撮影した、ひたちなかの海のDVDから流れる波音を聞きながら静かに息をひきとられた。

先日も一人の女性利用者が亡くなった。
息子さんの希望は自分が手を握り最後の時を迎えさせてあげたいということ。
日中独居であったその利用者は1週間もの間、飲むことも食べることもできず、しかし息子さんが仕事の休みを取った連休の最終日に手を握られ亡くなった。
最期まで見事に母親としての役割を全うし、息子と共に過ごす時間を有意義に使っていたように思えた。

私が現場で常に意識していることは、「自分が受けたいと思えるケア」をできているかということだ。
しかし「自分が受けたいと思うケア」を実践することは簡単ではない。
なぜなら、我々現役の介護士で介護を受けたことがある者はほとんどいないから。
未熟である自分たちの「自分が受けたいと思うケア」に自信を持てなくなることも時にはある。
そんな時はどうするか。前述した二つの事例の場合、関わったスタッフがしたことは、可能な限り利用者とその家族を深く知り、その思いを叶え、望む役割を全うするための手伝いをし続けるということだった。
こうして色々な経験を共にし、その思いに寄り添い、その最後に別れを経験することもある。
最期の別れだ。
そんな時にあるスタッフの心から出た言葉。
それが「なんで泣いちゃいけないの」だった。

利用者の思いに寄り添うことは我々の大きな目的の一つだ
介護士として目的を果たしたスタッフに対して、泣いてはいけない理由を説明する前に、私自身も涙する出来事であった。

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