アタリ・ハズレ

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介護コラム

篠崎 良勝 氏

聖隷クリストファー大学 准教授

私は介護分野の調査研究をしている関係上、福祉関係者と話をしたり、各地の施設を訪れたりする機会がある。私が肌で感じた介護現場の一側面を紹介したいと思います。

ある老人ホームのデイサービスを利用している鈴木玲子さん(仮名=67歳)。彼女には認知症の症状がある。
彼女はこの施設では厄介者らしい。彼女はトイレに行くと、必ずその後で自宅に帰宅したくなるようだ。
案の定、彼女はトイレから出てくると帰宅するための身支度をし、玄関に向かって歩き出した。

それを静止しようと介護職員が「玲子さんのお部屋はこちらですよ」と言って反対方向に彼女の腕を引くと、「ねぇ!どうして帰してくれないの!」と声を荒げる。
その後、その介護職員が記入した記録ノートには「14時30分頃、玲子さんから奇声あり」と書かれていた。

なるほど、この施設では先ほどのような彼女の荒げた声は〝奇声〟と呼ぶられるらしい。

翌週、別の施設に行くと、例の鈴木玲子さんがいるではないか。
正直、驚いた。あまりにも上品かつ穏やかな表情で珈琲を飲んでいる。
彼女は、どうやらここのデイサービスも利用しているようだ。
彼女がトイレから出てきた。すると、やはり彼女は帰宅の準備を始め、玄関に向かい始めた。

『また、〝奇声〟で周囲を困らせるぞ』と私が不安に思っていると、ここの介護職員は違う。
彼女と一緒に玄関から出ていった。
そこで、私も急いで二人の後を追った。そして、一緒に歩き始めた。
すると、彼女は家族のことや料理の話など、時折笑顔も見せながら散歩をしているではないか。

「そろそろ、中に入って温かい珈琲でも飲みませんか」と介護職員がいうと、「そうね、中に入りましょう」と彼女は自ら玄関を開けた。

その後、介護職員の記録をのぞいてみると、「14時00分、玲子さんと楽しく散歩」とだけ書いてある。〝奇声〟という言葉はどこにもない。

「介護職員が人に寄り添う姿にはアタリ・ハズレがある」ということを私は肌で感じた。

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