それを静止しようと介護職員が「玲子さんのお部屋はこちらですよ」と言って反対方向に彼女の腕を引くと、「ねぇ!どうして帰してくれないの!」と声を荒げる。
その後、その介護職員が記入した記録ノートには「14時30分頃、玲子さんから奇声あり」と書かれていた。
なるほど、この施設では先ほどのような彼女の荒げた声は〝奇声〟と呼ぶられるらしい。
翌週、別の施設に行くと、例の鈴木玲子さんがいるではないか。
正直、驚いた。あまりにも上品かつ穏やかな表情で珈琲を飲んでいる。
彼女は、どうやらここのデイサービスも利用しているようだ。
彼女がトイレから出てきた。すると、やはり彼女は帰宅の準備を始め、玄関に向かい始めた。
『また、〝奇声〟で周囲を困らせるぞ』と私が不安に思っていると、ここの介護職員は違う。
彼女と一緒に玄関から出ていった。
そこで、私も急いで二人の後を追った。そして、一緒に歩き始めた。
すると、彼女は家族のことや料理の話など、時折笑顔も見せながら散歩をしているではないか。
「そろそろ、中に入って温かい珈琲でも飲みませんか」と介護職員がいうと、「そうね、中に入りましょう」と彼女は自ら玄関を開けた。
その後、介護職員の記録をのぞいてみると、「14時00分、玲子さんと楽しく散歩」とだけ書いてある。〝奇声〟という言葉はどこにもない。
「介護職員が人に寄り添う姿にはアタリ・ハズレがある」ということを私は肌で感じた。